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さわやか悠久大学に参加しました 「石仏について」

2013.10.21 13時30分~15時30分
さわやか悠久大学 「石仏について」に参加しました。
講師:曹洞宗瑞泉寺・長福寺住職
   石田 哲弥
会場:長岡中央公民館大ホール

感想
なんだ路傍の石か、と思っていた石仏には深い意味のあることが、分かりました。

お寺の仏像は敷居が高く、なかなか拝むことが出来なかったのに対し、
手軽に自分の気持ちを込められる石仏が広まったということでした。



講義内容

「民俗信仰から見た宗教の歴史と実態」
          栃尾市 石田 哲弥

 民俗信仰の代表、石仏は、
信仰の対象として木造の仏像とともに長い歴石を歩んできました。
それらの歴史を織り成した多種多様の石仏は、
またさらに庶民生活の中でそれぞれ独自の歴史を展開してきました。
 この石仏の年代分布や像容の変遷などを丁寧に調査研究していくと、
仏像ではとても語りえなかった『庶民にとっての宗教とはなんであったか』、
『庶民は宗教に何を求め、宗教家はこれに対してどのように応えてきたか』
といった宗教の実態が浮き彫りとなって現れてきたのであります。
 その意味で石仏はまさに「貴重な語りべ」であり、
「歴史の証言者」といっても過言ではなく、
野の仏、石仏を抜きにして日本の宗教文化は語り得ない事が判明したのでした。


『1』石仏はなぜ立てられたのだろうか・・石仏が繰り広げた世界
   (石仏を造立した人々のこころになって初めて見える世界)

<メモ>
石仏家はその時代の芸術家だった。
お寺の仏像は敷居が高く、なかなか拝むことが出来なかったのに対し、
手軽に自分の気持ちを込められる石仏が広まった。
石仏の材料になる石が多く出る所に石仏は多い(佐渡など)



『2』石仏のお歴史
1.第一期 草創期(古代・中世)阿弥陀信仰と造塔文化
(1)為政者(朝廷)の仏教受容・・木造を主とし伽藍が祈りの場であった。
   仏教が携えてきた文化・・民衆の驚きと畏敬
   釈迦如来 → 薬師如来・観世菩薩 → 阿弥陀如来
   (東南アジアの信仰、中国・日本の信仰の相違の確認)・・禅宗と十六羅漢

<メモ>
阿弥陀如来は未来信仰であるのに対し、石仏は現在を救う目的があった。
日本の信仰の対象は自然であったが、中国は人物・偶像が信仰の対象だった。
中国から入ってきた仏教は、目もくらむもので、
ソロバンの世界にパソコンが入ってきたようなものだった。


(2)修験道と庶民の仏教受容・・石仏を主とし野山や路傍が祈りの場であった。
   白山信仰にみる神仏習合のお展開:薬師信仰・観音信仰
   山岳信仰 → 霊山信仰 → 霊場 → 浄土信仰・先祖供養

   西(阿弥陀)  東(薬師)
   妙高山     米山   関山石仏群・法定寺石仏群
   弥彦山     八海山  八海山板碑群
   粟島      五頭山  粟島板碑群・華報寺石仏群

<メモ>
薬師信仰は病気を治すことが目的だった。
山伏が薬師信仰(修験道)の医者の役目を担っていた。
西は日が沈む方向で、阿弥陀仏(観音様)を表す。
東は阿弥陀如来を表す。



2.第2期 受難期(戦国~江戸初期)板碑文化の継承と形態の単純化
   地蔵  安塚町 板碑型地蔵 ・新井の地蔵
   庚申塔 板倉町 板碑型庚申塔・上越市国分寺の庚申塔(こうしんとう)

3.第3期 石仏全盛期(江戸中期)講の発生と石仏造立文化
(1)寺請制度がもたらしたもの
   寺請制度(寺檀制度) → 共同体社会の形成 → 地縁関係重視
   祖先崇拝の教化 → 法事・葬式の励行、仏壇・墓の建立
   墓の建立 → 石地蔵の造立(石仏の造立を促す)
   勧善懲悪 → 因果応報 → 六道能化 → 地蔵信仰

<メモ>
全員がどこかの寺に所属していて、戸籍のようになっていた。
旅に出るときは、寺から証明書を発行してもらっていた。
お墓参りが発生した。
集会は鎮守様でおこなわれた(講)。




(2)庚申塔にみられる庶民信仰の普及
   板碑(庚申塔) → 刻像塔 → 文字塔
   刻像塔:二鶏二猿 → 二鶏三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)
   庶民信仰と講:文字塔の造立:庚申塔 → 二十三塔 → 米山塔

4.第4期 衰退期の石仏(明治・大正~昭和)
 ◎庶民が宗教に求めたものは何か**
  1)生産活動を通じての現世利益
  2)疾病などの治癒
  3)死後における極楽浄土の保証
  4)庚申講など講信仰をたてまえとした娯楽
 ◎石仏および民俗信仰衰退要因
  1)明治維新の神仏分離と一神信仰の流布
  2)収穫:上田 8斗(2俵)~2.7石~3.6石(9俵)
  3)医療制度の普及:娯楽の様変わり 民俗行事・民俗信仰の衰退
  4)神社神道 寺院仏教 庶民信仰の3本の柱の庶民信仰の空洞化

<メモ>
キリスト教が入ってきて、信仰の対象が複雑になるとともに、
石仏信仰は衰退していった。



◆◆果たして今日の日本人の日々の生活の中に仏教が根付いているだろうか・・
  善悪の判断の中に仏教は生きているだろうか・・
  仏教の本質はどのようにとらえられているのだろうか・・

石田 哲弥
 略歴
   1942(昭和17年)生れ
   東京理科大学物理学科卒業
   上智大学勤務後、新潟県公立高校勤務
   新潟県史編纂委員、栃尾市文化財審議委員会会長
   現在 曹洞宗瑞泉寺・長福寺住職
   日本石仏協会理事、新潟県石仏の会顧問
   新潟県民俗学会理事、栃尾観光協会副理事
 著書
   『新潟県史・通史編』(共著 新潟県)
   『石仏学入門』(高志書院)
   『越後・佐渡の石仏』(新潟日報事業者)
   『道祖神信仰史の研究』(名著出版)


石田 哲弥先生


石田 哲弥先生著書





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